依存症の家族を支える側にも、限界がある


もう20年近く前、子どもがまだ小さかった頃のことです。

夫がうつになりました。

休職と復職を繰り返し、傷病手当金が切れたあとも、会社には在籍させてもらっていました。でも、給料は出ていない。

それなのに、会社に支払う保険料は家計から出ていく。

当時、毎月8万円近い金額を支払っていた記憶があります。

給料がないのに、毎月それだけのお金が出ていく。

その怖さは、今でも体のどこかに残っています。

家計は私の給料で何とか支えていました。

日々の生活費、子どものこと、先の見えない夫の体調。

「このまま家計はもつのか」という不安は、ずっとありました。

その後、夫は朝からお酒を飲むようになり、出社できなくなりました。

本人にとっては、うつのつらさをやわらげるためのものだったのかもしれません。

けれど、家族から見ると、それは生活が崩れていく光景でした。

私は、依存症に対応している医療機関を探し、予約を取り、一緒に受診しました。

そこから専門病院への入院につながったとき、正直、ものすごくほっとしました。

やっとつながれた。

これで少しは立て直せるかもしれない。

そのときの私は、そう思っていました。

入院して、断酒のプログラムを受けて、退院後も人とつながりながら飲酒を避けていく。

薬の力も借りながら、家族としてもう一度やっていける。

そんなふうに期待していました。

でも、現実はそんなに簡単ではありませんでした。

薬は、本人が飲まなければ意味がありません。

通院も、本人が続けなければ続きません。

断酒のための場も、本人がつながり続けなければ、いつの間にか遠のいていきます。

お腹がゆるくなるから。

今日はいいと思ったから。

大丈夫だと思ったから。

そんなふうに薬を自己判断で間引いたり、飲んだり飲まなかったりすることが続きました。

そして、飲酒のスリップが起きました。

今回のスリップでは、これまでで一番大きな怪我がありました。

その瞬間、私の心も軽く壊れたように感じました。

もちろん、依存症は病気です。

本人だけの根性や反省でどうにかなるものではないことも、頭ではわかっています。

でも、家族にも生活があります。

家族にも、心があります。

家族にも、限界があります。

診断を受けている。

治療につながったこともある。

薬もある。

支援の場もある。

それでも、本人がそこから離れていく選択を繰り返すとき、家族はどうしたらいいのか。

支える側は、いつまで耐えればいいのか。

どこまで家計を背負えばいいのか。

どこまで不安を飲み込めばいいのか。

私は今、その答えをまだ持っていません。

ただ、ひとつだけは思っています。

依存症の家族を支える側にも、限界がある。

それを冷たいことだとは、もう思いたくありません。

支えることと、自分の生活を守ることは、どちらか一方だけを選ぶものではないはずです。

でも、支えることで自分の生活や心が壊れていくなら、立ち止まって考えなければいけない。

夫の病気をなかったことにはできない。

でも、私のしんどさも、なかったことにはしたくない。

これからどうするのかは、まだ決めきれていません。

ただ、今の私は限界に近いところにいる。

だからまずは、そのことをここに書いておきます。

家族だから支えなければ。

妻だから耐えなければ。

そう思い続けてきたけれど、家族にも限界がある。

そう言ってもいいのだと思いたいです。


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